ずるいジイさん

あら、こんな人だったっけ?

元日生まれの父はこのたび82歳になる。昔の人が子どもが生まれた日をずらすことはたまにあることだったようだが、父の場合はどうも本当に正月に生まれたようだ。

前にも書いたように、母は正月がそれはそれはキライで、私が家を出た頃にはおせちも食べなくなっていた。だから、父も正月には執着がない、そう思っていた。

私は、自分がそのとき暮らしている場所で年末年始を過ごしたい。しかし、5年前に母が他界して以来、父が正月(しかも誕生日)を一人で過ごすようになり、さすがに放ってはおけず、年が明けた1月2日に実家に顔を出していた。作ったおせちを保冷バッグに入れ、1時間半かけて電車とバスで移動して。妹と甥っ子も集まり、おいしいものを食べて、わいわい楽しい時間を過ごしていたはずだ。

昨年、大晦日から三が日まで同居人と2人で実家に滞在すると伝えると、「そうか…来てくれるのか…」と父が涙ぐんだ。なんと、1月2日は父にとって正月ではなかったのだ!

「大晦日のためのワインを買っておきました」から怪しかったのだが、父にとっての正月は大晦日から始まるらしい。そして、元日を外すとそれは正月にはカウントされない。我らと一緒におせちを食べたことも忘れている。愕然とした。

そう、父は正月が泣くほど好きだったのだ。

スポンサーリンク

師走に突入すると父がそわそわし始める。

餅が好きで、早々に買ってくる。サトウか越後製菓とメーカーを指定したのできっちりそれを調達する。正月を待てず、一人で焼いて海苔に包んで食べてしまうのが怖い。できれば我らと一緒にいるときにしてほしいのだが。

最近、父は私のためにワインを買ってくる。スーパーの売場の棚に並んでいる、高い方から2本目のワイン。いちばん端の1本は「赤だか白だか何かよくわからない」という理由で手を出していなかったのだが、「年末のワインはアレにしてみようかな」と言い出した。

毎日の楽しみ、熱燗の日本酒も普段は頑なに「キクマサピン」だが、正月だけは同居人の選んでくれた特別な酒を少しだけ飲むのを楽しみにしている。

年賀状は書かない。初詣はしない。初売りにも興味がない。お飾りはいらないと言う。縁起物にも関心がない。もともと親戚が集まる習慣もない。父にとって正月は「自宅で家族とのんびり過ごす日」なのだろう。

新しいカレンダーは好きで、入手するといつでも掛けられるようにスタンバイして、「待ってました!」と元日に取り替える。

年末ジャンボは昔から好きだ。めったに外出しない父が町の中心まで買いに行き、「お願いしますね」と母の写真の前にセットする。父は高額当選者になる男だと、私は信じて待ち続けている。株の配当をジャンボに充てているのも、ガツガツしていなくて当たりそうな気がする。

そういえば、去年は父が自分のために明太子を取り寄せていたっけ。やはりお正月が好きなのだ。

父の正月と言えば、何といっても駅伝だろう。これは昔からの習慣で、1月2日と3日はテレビに張り付いて、母校をうっすら応援しながらずっと観ている。マラソンの類の中継を飽きずに観る人の気持ちが私にはよくわからない。


お年寄りはどうしてあんなに正月が好きなのだろうか。まさか父もその一人だったとは。正月とは何かのシンボルなのか?今の私にはわからないけれど、年を重ねた人だけに理解できる、そんな気持ちがあるのだろうか?

私は家族2つ分の正月の準備をしている。年末年始は移動もするし、もし体調を崩したらこのどっさり買い込んだ食材はどうなるのだろう。毎年なかなかのプレッシャーだ。さすがに手を抜くようになってきたけれど、これ以上は勘弁してほしい。

そして、父の頭からすっぽり抜け落ちていることがある。同居人にもご両親がいて、家族と新年を迎えるのを楽しみにしているのだ。

おすましの雑煮
三が日を過ぎてもいつまでも雑煮を食べている。

そういえば、ここ数年、父は年末の大掃除をしなくなった。以前はカーテンを洗ったり、窓を拭いたり、せっせと正月を迎える準備をしていたのに。理事会でケンカするほど気力はあるとはいえ、疲れが出やすくなったようだ。私もまた、買い出しと料理の支度で手一杯で、大掃除まではたどり着けず、いつものままの実家で年を越す。


最近「飲み友達」に認定され、父の話を何時間も聞く(聞かされる)同居人に聞いてみた。

正月は区切りであり、子どもの頃に何かポジティブな思い出があったのかもしれないと彼は言う。

私の作るおせちがうれしいらしい。大して食べないのだが、季節を感じる特別な料理に気持ちが華やぐのだろうか。

「一人で餅をチンして焼いていると悲しくなる」
「話しかけてもママは答えてくれないからな」

風が冷たくなると、テレビから流れてくるのはクリスマスと正月のことばかり。「よその家は家族で集まって楽しく正月を過ごしているのに、オレは一人で正月を過ごしている」と、父のさみしさが増幅されているようだ。勘弁してほしい。私の体は一つしかないのだ…。

「でも、たぶん来てくれるだろうな、と思っているところもある」
「オレ、ずるいジイさんだよな」

スポンサーリンク
おすすめの記事