スポンサーリンク
page
シンガポール

あの頃は、沼のように静かで深い悲しみが、部屋を満たしていた。


几帳面で秩序を愛する父。
一人で暮らすようになっても規則正しい生活が続いている。

決まった時間に起き、日中はPCで作業をしたり、ベッドに横になってテレビを見たり。
決まった時間に買い物に行き、大相撲を見ながらお弁当をあてに晩酌。
一日の終わりには写真の母と会話し、早めに床に就く。

母がいなくなり、父が体調を崩さないか心配していたので、それまでの生活のリズムが維持されたことにまずはほっとした。


母はぎりぎりのタイミングで父に家事の仕方を仕込んでいった。
その猛特訓のおかげで、洗濯、掃除、ゴミ捨ては問題なく自分でできる。

料理は基本的にするつもりはないらしい。
自炊してくれればありがたいけれど、食欲が落ちなかっただけでも良しとしよう。

娘の訪問を何よりの楽しみとして、準備のために一週間を過ごしている。

富士山と夕暮れ

遺品の整理や手続きが一段落した頃、何かをきっかけに、父の意識が変わった瞬間があったのだと思う。
荒れ地を開墾するように、父が手を動かしはじめた。

病院嫌いの父が、高血圧の治療のついでに健康診断を受けた。

家の小さな納戸に何十年もあった不要品、例えば大きな台秤、セメント、ペンキなどを、こつこつと少しずつ処分していった。

台秤とたらい
こんな大きなものがしまってあったなんて!
セメント袋
清掃事務所に相談し、少しずつ処分することに。
ペンキ
晴れた日に乾燥させて捨てることの繰り返し。数か月がかりの作業となった。

作業が終わったベランダをクレンザーと雑巾で磨き上げた。

掃除の終わったベランダ
父は何をするにも几帳面。

手洗いを教えるとセーターを洗って平干しにし、衣更えも済ませた。

セーターの平干し

シーツなどの寝具やカーテンを1枚ずつ洗っていった。
新しく買ったコードレスの掃除機が気に入り、ダストケースを洗って手入れをした。
野菜を炒め、とろみをつけて、かた焼きそばの具にした。
バスで町まで出て小料理屋を探した(良い店がなくこれは空振り)。

私と二人で新幹線に乗って大阪へ行き、騒がしいカウンターの店でどて焼きを食べた。

カウンターのある賑やかな居酒屋
どて焼きとビール
父はこの時の思い出を何度も話す。

甥っ子や同居人が家にやってくるようになると、古い資材を出してきて、テーブルの天板を大きくした。
5人揃った賑やかな正月を過ごした。

お正月のごちそう
この家にこんなに人が集まることはなかった。

都内に泊りがけでやってきて、大きな刺身盛りを皆で楽しんだ。

刺身

「決めた。俺が80歳になるまでにシンガポールへ行く。」


ゆるやかに再構築されてゆく、新しい秩序、新しい習慣、新しい関係性。

父には、父らしい生きる強さがあった。

その目は確かに未来を向いている。

スポンサーリンク
おすすめの記事