伝えたいことがある【手の震え/本態性振戦】

父は字を書くことができない。
正確に言うと、ペンを持った手が震えて字を書くことができないのだ。

「本態性振戦」という、パーキンソン病のようなはっきりとした原因がないのに震えが起こる病気だ。

本態性振戦はふるえのみが症状の病気です。逆にいうと、ふるえ以外の症状はみられないのが特徴です。40歳以上では4%、65歳以上では5~14%が本態性振戦の患者であるといわれています。普通、年齢とともに少しずつ悪くなっていきますが、体中がふるえてどうにもならなくなるようなことは、まずありません。

本態性振戦のふるえは軽いうちは問題になりませんが、字が書きづらいとか、手に持ったコップの水がこぼれるなど、日常生活に不自由をきたすようになると治療が必要です。

大日本住友製薬「本態性振戦の基礎知識」

根治的治療法がなく、対症療法が中心となる。
薬物療法の選択肢もあるが、震え以外に症状がなく、父が治療を望まないので、現在は何もしていない。

精神的緊張で悪化するので、リラックスして震えを意識しないようにしているようだ。

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父の症状は60代より徐々に目立つようになり、まもなく80代を迎える。
幸い、進行は比較的ゆるやかなようだが、日常生活では字が書けないと困ることがたくさんある。

公的機関や金融機関へ提出する書類は、私が実家に行ったときに代筆している。

困るのは自署。
ある銀行の窓口では、私が手を添えて書くことで代わりとしてくれた。
柔軟な対応に感謝。

マンションの自治会の投票用紙など、字が書けなくて困ることは意外と多い。

どうにもならないのは選挙。
もちろん、字の書けない人の投票をサポートをする制度は存在する。

代理投票は、投票用紙に文字を記入できない選挙人のための制度です。投票管理者に申請すると、補助者2名が定められ、その一人が選挙人の指示に従って投票用紙に記入し、もう一人が、指示どおりかどうか確認します。

総務省「なるほど選挙!投票」

しかし「近所で目立つことをしたくない」と父は言う。
なるほど、もっともだ。気持ちはわかる。

本態性振戦の疑いがある症状

・結婚式に出席し記帳するときに手がふるえ、自分の名前が書けない。
・人前で挨拶するときに声がふるえる。
・宴席でビールを注いでもらうときに手がふるえる。
・コーヒーカップを持つと手がふるえてコーヒーをこぼす。
・着替えの時、ボタンがうまくかけられない。
・食事のとき、手がふるえ箸がうまく使えない。
・頭が左右に細かくふるえ、人と会うのが苦痛になる。

大日本住友製薬「本態性振戦の特徴」

今のところ、たまに湯飲みが揺れる程度で、箸やおちょこを持つ手は震えない。
パソコンのキーボードやマウスもなんとか使える。
趣味のためのメモはぎりぎり判読可能だ。電卓も使える。
スマートフォンはタッチペンを使ってゆっくり入力している。

その調子。がんばれ。

実家のカレンダーには、私が行く日に震えた字で印がつけられている。

数字は比較的書きやすいらしい。
毎日の血圧の記録は、几帳面な父らしく定規も使って、こつこつ付けている。

父の字は美しく傾いた製図文字だった。
もう見られないことをさみしく思うが、失われたものにこだわるのは本人にも家族にとっても意味のないこと。現実を受け入れて前を向いていかなくては。

なんとか今のままの機能をできるだけ長く保ってほしい。
一人暮らしでできないことが増えるのは不便すぎる。


ある日のこと。
「うまく書けたよ!」と父が見せてくれたのはレシートの裏に書いたメモだった。

手書きのメモ

こちらこそ、ありがとう。

参考情報:最新の研究・治療について

群馬大学は高齢者に多く見られる手足の震えの原因を解明した。遺伝子操作したマウスを利用した実験で、細胞外からナトリウムイオンを取り込むタンパク質の一種が脳内で失われることで起こることがわかった。

群馬大学「体が震える原因を解明」(プレスリリース、2019年6月12日)

治療は、薬物治療から始めるのが一般的だ。
症状の程度が軽く、かつ日常生活に支障が出る場合は、高血圧の治療薬として知られるβ遮断薬や一部の抗てんかん薬が有効で、薬の一部は健康保険が使える。
その他、ボツリヌス毒素療法、手術療法が実施されている。

また、超音波による新しい治療も開発されている。
頭を切開することなくMRIで頭蓋の中の画像を確認しながら、脳の神経が異常な部分を特定し、超音波を一点に誘導させ照射を行う。
2019年6月に「MRガイド下集束超音波治療(FUS)」が保険診療となった。

読売新聞社広告局「本態性振戦の最新医療」
(MRガイド下集束超音波治療について/医療機関の紹介あり)

キョーリン製薬「本態性振戦の最新治療」
(MRガイド下集束超音波治療について/ 東京女子医科大学脳神経外科臨床教授 平孝臣氏による解説)

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