ココナッツミルクは復活の味

4月の初め、街の中華屋さんでのこと。
散歩の帰り、外のメニューに「牛すじの煮込み」の文字を見つけ、テイクアウトして家で食べようと思って立ち寄った。

「どーもー!」と笑顔で迎えてくれた店主にいつもの元気がない。
円錐のように先がとがった謎のマスクを着けていたのに噴き出しそうになった。

相棒の店員さんと2人でテーブルの配置を変えているところだった。
ゆったりと間隔を空けて、「ソーシャルディスタンス」対策は抜かりなく。

その半月前の3月の中旬に食べに行ったとき、珍しく店主が不在だった。

「コロナじゃありませんよ」
「だいぶナーバスになってまして」

店員さんがこっそり教えてくれた。

「こんな調子が続くようなら、もしかするとお昼とおみやげだけにするかもしれません」

その翌日、早々に営業時間の短縮を知らせる紙が貼られていた。
ランチとテイクアウトのみの営業でディナーは予約が必要。

ある雨の日の夕方、テイクアウトしようと店に行くとあいにく休みだった。
年中ほぼ無休、夜も遅くまで営業していていつ休んでいるのかわからない店だったのに、営業時間の短縮に加えて週に1日休業することをドアの貼り紙で知った。

レバニラ炒め

街の中華屋さんは中国の人だ。
熱き料理人であり、熱き経営者であり、熱き投資家であり、恐らく熱き父でもある。

一度火がつくと立ったまま2時間投資の話を続ける、エネルギーの塊のような人だ。

去年の年末には「オリンピックに何をしようか考えすぎて目が覚めて、奥さんに病気じゃないかと心配されたよ!」と笑っていた。

Instagramに投稿しようかなんて楽しそうにしていたのに。

牛すじの煮込み

5月の連休が過ぎた頃、緊急事態宣言が延長されたこの街では相変わらずシャッターを下ろした店が多かった。

同居人にテイクアウトの料理を買いに行ってもらった。
焼き餃子にレバニラ、持ち帰りにおすすめのサービスメニュー、五目炒飯と鶏肉の唐揚げ。

「どーもー、大変なことになっちゃったねー!」

相変わらず店主は元気がなく、お菓子とドリンクを差し入れしたと言う。

5月の下旬になると、東京の新規感染者は日にひと桁の人数となり、緊急事態宣言の解除を検討するニュースも聞こえてきた。

昨日もまたもやテイクアウト。

店主は元気そうだ。
我らの顔を見るなりニコニコでココナッツジュースを2缶差し出した。

「この間はありがとう!」
「普段ドリンクは飲まないけど飲んでみたら元気出たよ!」

お客さんが来ているのに投資ニュースをどうしても伝えたい店主。
会わないうちにネタが溜まっていたようだ。

店主の目に光が、あの弾けるようなエネルギーが戻ってきた。
どこか顔もすっきりしている。

マスクも普通の形に戻った。

「ランチの営業を始めたらお客さんが押し寄せてきて、戦々恐々で怖かったですよ」と店員さん。

「もう少しですよ」
「がんばって」
「また来ます」

「どーもー!どーもー!」と店の外まで大きな声が聞こえた。

おすすめの新メニュー、「豚モツの煮込み」に唸る。
このタレは何でできているのだろう。多分牛すじの煮込みと同じ。今度聞いてみよう。

最近ずっと自分で作ったごはんを食べていたから、プロの味が脳にビリビリと響く。

真面目に商売をする人がこんなひどい目に遭っていいわけがない。
私は静かに怒っている。

そして、おいしいものを求めて人は必ず戻ってくる。それまで皆で守らなくては。

それにしても、街の中華屋さんはなんともエモーショナルでたくましい。
ゴムボールのようにショックを跳ね返す力は天性のものか、経験によるものか。

百戦錬磨の人はやっぱり違う。
お見逸れしました。

スポンサーリンク
おすすめの記事