【10】葬祭業者を訪ねる

秋の始めは、病院と実家とを行き来する日々を送っていた。

再入院した母の体調が思わしくなかった日、父と話しているうちにどちらからともなく葬儀の話になり、地元の葬祭業者の名前を教えてもらった。父は親族のみでの家族葬を考えていた。

別の日、病院で父と一緒になったので、帰りに家族葬の会場に見学に行かないかと提案した。

業者に連絡すると、その日会場には予定が入っているので別の会場で案内するとのこと。突然の電話に対応してもらえたことに驚いたが、人が亡くなるのは突然のことが少なくない。この業界ではそういうもののようだ。

タクシーで打ち合わせの会場へ。
重々しい雰囲気の会館だったが、担当は若手の男性で、落ち着いた気持ちで話ができた。この段階では匿名で相談することにした。

葬儀を行うには、まず斎場の予約を取り、その後でないと式の日程が決められないこと。役所への書類の提出など、手続きの一部は任せられること。知らないことがたくさんあった。
後日、家族葬の会場の内覧もさせてもらえることになった。

事務的にかつ和やかな雰囲気で話は進んだ。父は悲しい表情で静かに頷いていた。


結果的に、母の葬儀を行ったのは何か月も後のことだった。

随分早いうちから準備を始めたが、私はそれでよかったと思っている。
心配性の私が一通り話を聞いて落ち着いた。
そして、大切な母の見送りを納得する形ですることができ、残りの時間を母と向き合って過ごせた。

葬儀は遺された人の心のケアのためのものだと思っていたけれど、故人へ対する溢れる愛のエネルギーを引き受けるものでもあると気づいた。
大切な人を見送ろうとすると、したいこと、したくないことが思いがけなく出てきた。
葬儀の規模にかかわらず、心を尽くして送り出すことが、家族自身のグリーフケアにもなるのだと思う。

その後、依然エネルギーを持て余していた私は、葬儀の準備を着々と進めていくのだが、そうする度に母の体調は盛り返した。
まるでどこかから見られているようだった。

私はジンクスのように死後の準備を続けた。


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