母は、がんに対して積極的な治療を受けようとしなかった。そして、家族は母の意思を尊重した。
どうしようもないことだったけれど、受け止めるのはつらく、少しでも何かをしたかった。
調べていく中で漢方に行き当たった。
がん研有明病院の星野惠津夫先生の本を読み、漢方を用いることで、緩和ケアの段階の患者にも効果が生じうることを知った。
母に一日でも早く漢方を飲ませたかった。
父と母の気持ちの負担にならないよう、中古で煎じ器を調達した。
本を見せながら、2人に「プレゼン」をした。自宅で飲んでいる漢方を実際に煎じて試飲してもらった。
同意を得たその日のうちにバスに乗って町中の漢方薬局へ行き、相談をした。薬剤師さんは親身になって考えてくれて、痛みと食欲不振に効く煎じ薬が処方された。
後日、用意できるとすぐに薬局に取りに行き、自宅へ届けた。
煎じ器の使い方を紙に書いた。
この時の私は行動力の塊で、同時に焦ってもいた。一日でも早く、一日でも長く!
用意したのは10日分。
とにかくまずかったようだ。
毎日「まずい」とメッセージが届いた。それでも母は煎じて飲み続けてくれた。
9日分を飲んだ後、背中の痛みが強くなり、母は再入院することになった。
漢方の効果はわからないうちに飲めなくなってしまった。そして再び退院した時にはもう飲ませることはなかった。気の向くままに、おいしいものだけを食べて欲しかった。
その後、煎じ器は母の手できれいに包まれ、テーブルの上に置かれた。
漢方を飲んでもらうことは、私のたった一つのわがままだった。まずいまずいと言いながら応えてくれたことがうれしかった。
もっと早く飲んでいれば、中断しないであのまま飲み続けていれば、もう少し長く母と過ごせる時間があったかもしれない。でもそれはいくら考えても答えの出ることではない。
ただ悲しくて、心残りだ。
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